私の実母の姉(私の伯母、87歳)は、東京に住んでいる。
ご主人を亡くし、一人息子も事故でなくし、ずっと一人暮らし。
なかなか会えないので、よく電話をかけていた。
一人暮らしが寂しく、電話は1時間ぐらいのたわいもない昔話になる。
だんだん、電話
をしてもとんちんかんな話になってきたり、
「寂しい、寂しい!」と言い始めたりして、心配していた。
今年になって、電話
がつらがらなくて心配していたら、
一人息子の息子さん(伯母の孫)が、施設に入れたということがわかった。
腰の疲労骨折で入院していて、認知症がひどくなり、
一人で家
に置いておけないとのこと。
お孫さんも近くに住んでいないので、相談して、施設のお世話になっているということがようやくわかった。
施設に電話
をし、伯母と話をしたが、
「貴女今、どこにいるの?」と聞いたり、
東京にいるのに「私は今、天理(奈良県)にいる。」と言ったりしている。
電話も長くは話したくないようだ。
はたして、私だと本当にわかっているかどうか
???
施設のホーム長さんともお話が出来た。
個室で生活し、食事等は集団でいただいて、集団生活にもようやく馴染んできている。
帰宅願望
はあるが、お孫さんのお嫁さんが、上手にお話ししてくれていて、
助かっているとのこと。
伯母と電話
で話していて思った!
家族に縁の薄かった伯母にとっては、もしかすると、意識がいつまでもはっきりして、
「寂しい、寂しい!」と思いながら一人暮らしをするよりも、
認知症になって、楽しかった思い出の中で生活できるのは、
かえって幸せなのかもしれない。
人間、誰でも、いつまでも若いままではいられない、いつかは誰でも年を取る。
親しい人々との別れ、自身の体力の衰え、体の変調・・・
そんなとを、はっきりした意識の中で受け止めなければいけないのは、
年を取るとともに、とてもつらく、悲しいことだ!
病気になり、ベッドの上で痛みに苦しみながら亡くなる方。
誰も、そうはなりたくない。
「認知症」・・・これはもしかしたら、そう言う不安や恐怖から、
人を救ってくれることかもしれない。
そして、そんなDNAを、神様は人間の遺伝子の中に、最初から組み込んでくれているのかもしれない。
神様からの最後の贈り物として・・・
人は「ぼけたくない」とよく言う!
でも、年齢を重ねてきたとき、体は弱り、心も寂しくなり、
人生に希望が見いだせなくなったとき、本人にとっては
「認知症」ということが、救いになるのでは・・・と考えさせられた伯母の出来事でした。
きっと、認知症は、心が子供に返っていくことかもしれない。
今、伯母は、孤独を感じず、楽しかった思い出にひたっていて、幸せなのかもしれない!!!
うまく思いを書けないが、そんなことを思う今日この頃です。
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